東洋哲学から学ぶ

東洋古典に、四書五経(ししょごきょう)と呼ばれる儒教の経典があります。

四書:『論語』『大学』『中庸』『孟子』

五経:『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』

経典と言うと少し難しいように聞こえますが、いわゆる人間学で、四書は現代の実生活にも十分通じる内容となっています。

日本で最も有名なのが、四書の中の 論語 でしょう。

論語は、世界三大賢人の一人と言われる孔子と、その弟子たちの言行禄を、弟子たちの後継者が、紀元前4~3世紀頃に編集したものとされます。

このように、それぞれの経典がとても古い時代に書かれたものでありますので、中には、使われている漢字の意味や、言おうとしている文面の意味について、いく通りもの解釈が存在しています。

日本国内では、論語が一番ポピュラーな経典だと思いますが、私は『大学』が一番好きです。
紀元前5~4世紀頃に孔子の弟子の曾子(そうし)が編集したものとされ、大学もまた、書かれている内容によって、朱子学派説や陽明学派説など、いくつもの解釈に分かれるものがありますが、私は、陽明学的解釈を主とした安岡正篤氏による解説書が腹落ちしやすく、何度も読み返しています。

大学は『人を治める学』『君子の学』『大人の学』と位置付けられています。

大学に書かれている要旨は、以下の3つの綱領と8つの条目で、それらを実践するための心構えなどが、書かれています。

三綱領
『明明徳』『在親民』『在止於至善』

八条目
『格物』『致知』『誠意』『正心』『修身』『斉家』『治国』『平天下』

ごく簡単に要約しますと、

【明明徳:明徳を明らかにする】
 宇宙も含め、この世の中のもの全ての本質を『徳』と言い、その中で、人の意識にのぼり、感覚で捉えられ、知性・理性によって把握できる領域で得られる徳が『明徳』です。この明徳というものを解明していくということが、
「明徳を明らかにする」です。

【在親民:民に親しむに在り】
 民は自己以外のもの、世間。親しむとは統一と解釈する。
 自己以外のものに親しむことによって新しく創造が生まれ、自己と統一していく。すなわち、利己的生活、個人主義的生活から統一的生活に進むということ。

【在止於至善:至善に止するに在り】
 至善とは絶対的善のこと。
 善悪と言った相対的な善ではなく、絶対的善の境地に至るということ。

【八条目】
 ・明徳を天下に明らかにしようとするなら、まず国を治めよ。
 ・国を治めようとするなら、まず家を斉えよ(斉:ととのえる)
 ・家を斉えようとするなら、先ずその身を修めよ
 ・身を修めようとするなら、まず心を正しくせよ
 ・心を正しくしようとするなら、まず意を誠にせよ
 ・意を誠にしようとするなら、知(道理)を致めよ(きわめよ)
 ・知を致めるとは、物(物=法則)を格す(ただす)ことにある

この八条目は、明徳を天下に明らかにしようと思えば、まずその前に国を治めよ、その国を治めようとするなら、、、と成立には順番がある、ということではなく、すべてが同時成立するものであるという考えです。

私は、この八条目の中の、格物致知 が特に好きな言葉です。

社会人生活に慣れてきた頃、慢心から色々へまもやり、反省することが多く凹んでいた時に、物事の道理、正しいことに対して、自ら正していかなければいけない、という言葉が心に刺さり、自分の軸にしなければと思った次第です。

三綱領、八条目以外にも大切にしている言葉があります。

【君子は独を慎む】
 人が見ていようと、見ていなくても、自ら慎み絶対的存在でなければならない

【まことに日に新たなり、日日に新たなり、又日に新たなり】
 世の中、神羅万象全てが創造変化していくものなので、常に新しく変化していかなければならない

大学など、東洋哲学からの学びや、実践してきたことは、また追々お伝えしてしていきます。

WRITER

AZUMA

AZUMA

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